霞みゆく破片

漫画と映画の感想ブログ。アウトプットすることで覚えておきたい。

ドラゴンヘッド

滅びゆく世界で生き残る恐怖心との戦いを描いた物語

f:id:comic-movie:20190725112110j:plain

基本情報

作品名:ドラゴンヘッド
作者:望月峯太郎
巻数:全10巻

掲載誌:週刊ヤングマガジン
発表期間:1994~1999年
別作品化:実写映画あり

 

作品概要・感想(ネタバレなし)

物語について

「想像以上の現実」の連続。

あまりの恐怖で読み進めるのに勇気を要した。
希望も安堵も訪れない凄まじいサバイバルにおける心理描写が実に見事。

修学旅行帰りの新幹線が脱線してトンネルに閉じ込められ
生き残った僅かな学生たちが主人公となる緊迫した物語。
全10巻、常に緊張感を走らせるエピソードの盛り込みに飽きは来ない。
ただしメインは事象や心理であり、キャラへの共感や好意はほぼ湧かなかったので
愛情の美しさみたいな感動を求めると期待外れになると思う。

サスペンスやホラーの要素も強いが
物語のテーマは一貫して「恐怖感とは」という哲学に尽きる。

昨今の異常気象と自然災害の連続なら
いつかこんな事態が現実に起こってもおかしくないようなリアリティもチラつく。
私ならこんな希望のない世界に耐えられる気がしない。

「神頼み」や儀式が生まれた歴史がとても自然だと納得し
恐怖感を持たない生き物の登場は非常に興味深かった。
究極なものを描くことで、少しは人間の本質が理解出来るように思う。

 

作画について

所々めちゃくちゃ文字数が多くて読み飛ばした。
多くの吹き出しのフォントが不揃いでガタガタになっていて
A型としては若干のもどかしさもある。

主人公となる男女は格好良くも可愛くもない。
一部性的要素は少しあるが、楽しいお色気要素はゼロ。
醜さ・狂気・迫力のある人物の描き方は向いていると思う。
作者は生物としての「ヒト」を描いていた印象を受けた。

 

1巻ごとのあらすじ・感想(ネタバレあり)

1巻ネタバレ

新幹線事故の発生、生存者集結

10年以上前に読んだこの1巻のインパクトが忘れられず
読み返したくなって大人買いした今作品。
それだけのトラウマを植え付けた緊迫物語。

生き残った者同士で力を合わせたいところだが
話の通用しないノブオの存在がこの話を面白くさせていく。
もしノブオがいじめられっこじゃなかったら
ここまで調子に乗って支配欲を露にすることはなかっただろう。
反動が生むエネルギーは私も日々の生活で実感しているが
第9話の2コマ目に描かれた狂気にビックリ。

  「一皮むけはどいつもこいつも弱い者を押し潰して

 傷つけようとする最低の人間どもじゃないかッ!!」

ノブオは「弱いと苦しい目に遭う世界」しか知らない。
だからマウントを取って威嚇することでしか生きる術を見出せない。
歪んだ教育の行く末が描かれていた。

 

2巻ネタバレ

ノブオの暴走

一部マニアからの高い需要がありそうな2巻。
ノブオのボディペイントと神頼み儀式が描かれている。
死んだミニラを丁重に扱ったり、闇の主に生贄として捧げようとしたり
現代では馴染みの薄い「神を信仰する背景」が分かりやすく描かれていた。

絶体絶命のピンチにおいて
自分の持つ「良いもの」を代わりにあげるから助けてくれと
不特定の誰かに救いを求める行為。
昔はそれが作物の為の雨乞いや、伝染病の恐怖などで
見えない神への念を集中させる為に祭壇や神仏が作られたわけだ。

 「ここからは出られないんだ お前らも慣れろよ」

「怖いものはやっつけるか友達になるしかないんだ

 友達になるんだこの闇と」

ノブオのこのセリフは名言だと思う。

このあたりで闇の中にいる怪物の存在にライトが当たるが
SF的な化け物が描かれる作品なら興醒めだと嫌悪しながら読み進めた。

 

3巻ネタバレ

浄水場でテレビを見る、若者集団との出会い、マスク獲得

勝手にずっとトンネル内の話だと思ってたので意外性に驚いたものの
外界にも救いはなかった。
スケールが大きい。面白くなってきたぞ。
電気が通じるのが不気味度を高めて良い。

本の外の傍観者としては、効率重視で考えがちなので
感情で動いて喚くアコが少々ウザい。

他の生存者の存在に安堵しかけるも心を開いてはいけなそうで
少し好意的であっても、ノブオとやっていることに大差がなかった。
こいつらも儀式か。
恐怖から逃れたい人にとって、宗教はなんと甘い誘惑なのだろう。
例えそれが胡散臭いと感じていても妄信が加速していく。藁にも縋る神頼み。

腹部を切り付けるのはメンヘラ心理あるある。
生きていることを実感したくなるとヒトは自傷し、痛みと血を求める。

 

4巻ネタバレ

自衛隊との格闘、大火災からの離脱

緊急事態に動じないマイペース仁村の登場。
現代っ子は慌てふためく他者を見下すこういうタイプが増えてる気もする。
自分は切羽詰ってはいないと虚勢を張るような。
しかし助けを求めるテルを涼しい顔で追っ払えという鬼畜ぶり。
非道いとは思えど、余裕のない環境下では当たり前でもある。

 「他人を助ける余裕のある奴はいないんだよ」

しかしテルは餌食にされるアコの存在を隠して守ろうとした。
体はヘトヘト、女がいるなら何かくれるというのに。

ページをめくったらドーンと現れたノブオの幻影にテンションが上がる。
やはりこのキャラは狂気を極めたマスコットとして気に入る人が多いだろう。
よく見るとネックレスが缶ジュースのプルタブ。
スマホのない時代なだけあって懐かしい時代設定である。

脅迫しながら主導権を握ったアコの強さの背景には
テルを助けたいという一心。
他人を助けるのに必要なのは、余裕の有無ではないことが描かれた巻であった。
火災旋風、大迫力。

 

5巻ネタバレ

おばさんのいる伊豆へ着陸、ワクチンが必要になり出発

おばさんのビジュアルが大迫力。
優しいし包容力もあるが、なんせ見た目の威圧感が凄い。
バイクのヘルメットってそんなに有効アイテムなのか。

ノブオを救えなかった罪悪感に苦しむテル。
その苦しみからも解放させてくれるように語り掛けるおばさんはまるで菩薩。

「恐怖心を克服できなければいくら生き残れたとしても悲劇のような気がするよ」

「恐怖に怯えて生きてる自分を受け入れることこそ恐怖を乗り越える第一歩」

「人間は正体のわからない恐ろしいものを怪物というわ

 怪物ってのは死に対する恐怖が生み出したものなのかもしれない」

傷頭不気味!警官も怖い!
最初は人物描写微妙だと思ったが、変なキャラが増えてきて味が出てきた。
仁村はとにかくクズ。

 

6巻ネタバレ

ワクチンを持ってテルの元へ

「警官のくせに撃ちやがった」って
自衛隊の仁村は自分のこと棚に上げすぎ。

町の人たちの集団自殺欲求はあんなに熱く追い回したり
象徴となる建物をわざわざペイントしたりする程のことなのか。
背く者をまとめて処分するのは分からんでもないけど
自分たちのやることを邪魔しないならよそ者くらい逃がせばいいのに。
自分の不幸の代償に他者全員が不幸になるべき、という価値観だろうか。
だから絶望していた島からの脱出にヘリがあると分かって血相を変えたのか。

苦しみを取り除いて欲しくてアコを生贄にしようとする町の人たち。
最早この環境下においては、儀式も生贄もごく自然の流れに思えてくる。

菊地のゆっくりした話し方がじれったいったらない。
こんなお人好しのアコは、本当だったらとっくに死んでると思う。
仁村がバイクで助けに来てくれるのは格好良い。

菊地は屋上から何を思って見てたんだろう。
痛みを感じないにしても生命力強すぎでは。

 

7巻ネタバレ

おばさんと別れて闇の穴をフライトし、ショッピングセンターへ着陸

テルたちとヘリに乗らずに家に残るというおばさん。
この旅は出会った人がなかなか仲間にならない。
もう失うものがないってことなのか。
自分の家、死んだ家族、それが自分の未来よりも大切な人がいるのか。

真っ暗な大きな穴怖すぎ!
何だよその好奇心!近寄るなよ!出来るだけ遠くへ行けよ!
その穴でいつ噴火が起きてもおかしくない得体の知れなさなのに
前が見えないってことは突然衝突して落下するかもしれないのに!
得体の知れないものに近付き、知って恐怖をなくそうとする。

富士山の噴火が怪しいと思うなら
出来るだけ噴火の恐れのないところへ逃げたらいいのに。
どうしても東京の家なのか。
死んでる可能性が高い家族なのか。

 

8巻ネタバレ

テルがヘリに乗り込めず1人はぐれる、岩田の死

ここまでずっとテルとアコの2人がほぼ同等に主人公として描かれていたので
スタンスが変わることで面白くなくならないか不安になったが
順次どちらも描かれたので特に問題はなかった。
とは言え、再会はあるのか、嘘くさいミラクル再会はやめてくれよと
念じながら読み進めていく。

エレベーターなんて危険極まりないと思ったけど
竜巻から身を守るには良かったんだろうか。
何故手すりを掴まないのかはちょっとモヤっとした。

まさかの岩田の墓。
この物語の不思議なところは登場回数の多い人が死んでも悲しくならない。
こんな状態でもお墓を作ろうという気にはなるものなのか。
メガネそんな状態でよく落ちなかったな。

 

9巻ネタバレ

ラジオの声に導かれて地下で竜頭の正体を知る

その声絶対怪しいよ行くなよと傍観する私は思うものの
人がいなくなった世界では恐怖よりも近寄りたさが勝るのか。

倉庫の大量の食糧ダンボールに安堵したのに
「試」って要はドラッグみたいなものか。
この非常時においてはアリかもしれないし
何よりもう食糧なんてなさそうだから食べるしかないのでは?という気にもなる。
しかしいずれにせよ生産されなければ食い尽くすのは時間の問題。

恐怖心を失った途端に欲するという矛盾に驚いた。
自分の体を傷つけるのが1番早いという理論も言われれば納得だが
普段そんなことを考えた事が無かったので衝撃だった。

心穏やかな平穏が訪れても
奥の部屋を神格化したり、団結して人を殺したりはするのか。
いや、平穏じゃなくて何か壊れて狂っているだけなんじゃないのか。
本当の平穏には上下関係も敵も味方もあって欲しくない。

ついに海外からの救助隊の登場。
ああ、ハッピーエンドに向かってラストスパートだなぁ。
早くホッとしたい。あとちょっと頑張れ!

 

10巻ネタバレ

結末

「えええ?ここまで生き延びたのに助からないの!?」とは思うが
作者はファンタジーよりリアリティを好むように感じるので
誰1人生還しなかったであろう結末に、私はアリだなと思った派。
人間死ぬ時は死ぬし、絶望的状況から逃れられないことだってある。
そんな現実に於いての心の在り方こそがこの物語の結末になっていた。

助かるシーンが結末になると思っていたけど
「最期の時に1人になるか、誰かと一緒に迎えるか」に焦点が絞られたのは面白い。
嫌われるか好かれるか、それは自分の存在を肯定して貰えるのか否かなのだろうか。
一見、仁村は悪に思えるが
誰に媚びることなく自分らしさを貫いたことは間違っていないのかもしれない。

仁村「気づかなくていいような問題をわざわざ掘り起こしちゃあ苦しんでるようにしか見えねえぜ」

テル「生きる意思をほんの一部でも見つけることができれば生き延びてきた価値があるんだ」

この二極性が非常に面白い。

その存在から目を背ければ心は穏やかになるのに
私は被害妄想を抱き、必要以上にその対象に怯えたり憎しみを抱くことがある。
現実はどうかなんて分からなくても、意識すると感情は膨れ上がる。
竜頭の代表格の男性が正体を問われた時に答えた
「お前らが想像しているとおりだよ…勝手に想像し恐れるがいい」こそ
得体のしれない存在の真理なんだろう。
そういう意味で仁村のセリフは非常に突き刺さり、説得力があった。

しかしテルの言葉にも一理あり
例えその「生き延びてきた価値」が後付で結果が伴わなかろうとも
それを求めて生きる意味を考えてしまうのではないだろうか。

こんなに大変な想いをして辿り着いた東京の我が家は荒れ果て
家族は死に、日本は滅び、自分も死ぬ。
救いがない以上、価値など皆無なのに
恐怖心と戦って希望を夢見たテルの最期。

それが「ヒト」なんだろう。
理論じゃない。そういう生命体なのだ。

本の外で傍観する私がもしこの物語に入るなら
苦しまず早々に死ぬキャラでお願いしたいと思うものの
いざ現実になってしまったら色んな思考を膨らませては戦い
僅かな希望と価値を探し、夢を見てしまうのかもしれない。